多読的おしゃべりについて

初稿:2009年5月12日

最終更新日:2009年6月15日

多読的おしゃべりって、なに?

正しく よりも 楽しくたくさん をモットーに、自分の気持ちを表現していきます。
外国語で話すことへの第一歩です。

わたしはこの数年で、数十人の多読仲間や200人を越える学生とともに
「多読的おしゃべり」(と、その原型)を実行してきました。
その様子を観察してきた結果、多読的おしゃべりの三本柱(下を参照)が揃っていれば、
読むことよりも聞く事よりも、話すことははるかにやさしいかもしれない

思うようになりました。

最初の一歩さえ踏み出せば、あとは・・・ なんとかなる・・・!

多読的おしゃべりで、どうなる?

外国語がするすると口をついて出るようになります(はずです)。

なぜするすると出てくるようになるかというと、
多読的おしゃべりでは、間違えることを気にしないからです。
たとえば旧こども式サイトの掲示板に「きくや」さんが投稿した文章を参考にしてください。

こども式ウェブサイトのブログ南南南会へのお誘い、2通目

外国語であれ、日本語であれ、わたしたちが話せない原因の8割は
わたしたちの気持ちの中にあるとわたしは思います。
日本語でも外国語でも、たくさん吸収したあとでは、
努力しなくても自然に溢れるはずだと思うのです。

日本語ではそうだったのだから・・・

昨年2月から、多読・多聴をしている人たちが集まって、「多読的おしゃべり会」をはじめました。
以来痛感していることですが、英語多読を続けてきた人たちの体にはおそらくいつ溢れてもいいほどの英語が貯まっていると思われます。

もしそうだとすると言葉が口をついて出ないのは、気持ちが口に蓋をしているからかもしれません。それで口が重くなってしまう・・・

また、「多読的おしゃべり会」をきっかけに、この1年間でずいぶん豊かな言葉を使うようになり、ほとんど言い淀まなくなった人たちがいます。さらには、Skypeでとても自由に外国の人と話している人たちもいます。

口を覆う蓋をはずし、気持ちを楽にしてくれる--それが多読的おしゃべりです。

三本柱

多読を「三原則、大量のやさしい本、仲間」という三本柱が支えているように、
多読的おしゃべりも三本柱が支えるように思われます。

それをいまは

  1. やさしい外国語を耳と目から大量吸収
  2. 多読的おしゃべり三原則
  3. 仲間

と、考えています。

まだ全部がはっきりしているわけではなく、いろいろ迷っていますが、一つ一つ説明します。

1.耳または目からの吸収量 -- 樽の喩え

わたしはときどき、言葉の獲得を樽に喩えます。
わたしたちの体を樽とすると、読んだり聞いたりした外国語は水のように樽にたまっていきます。
言葉がたくさんたまると、水が溢れるように口から言葉が出てきます(はずです)。

実際に溢れた人は何人かいます。
その人たちの吸収量を見ると、まだぼやっとしていますが、どのくらいたまると溢れるのか、
ある程度のめどはつくように思います。たとえば・・・

小学校3年生の6月に溢れた「リボン」ちゃんの場合は、
約5ヶ月間お母さんに読み聞かせをしてもらった結果だと思われます。
1日20分から30分の絵本の読み聞かせを100日として、
1分間に読み聞かせした英文の量を30語とすると、約10万語分というところでしょうか。

中学2年生の冬に外国人の先生と60分間話して「あー、楽しかった!」と言ったという生徒は、
それまでに、非常にやさしい英語の本を100万語以上読んだあたりでした。

電気通信大学の学生では、2年間に50万語弱読んだところでオーストラリアに
1ヶ月語学留学して帰ってきてから「溢れる」に近い様子で話している人がいます。

社会人では、350万語で溢れて、30分間話し続けた「あずき」さんの例があります。

こうした例はほかにもいろいろ増えてきました。そうした例を観察すると、いちばん「やさしい」といわれるレベルの英文を大量に体に入れることが話すために必須だと思われます。

2.多読的おしゃべり三原則 -- この項、迷いアリ

大量の外国語を吸収したあとに、多読的おしゃべり三原則で気持ちと口を軽くします。
(大量に外国語を 吸収しつつ ?) その三原則とは次のようなものです。

  1. 話したいことを話す
  2. 細かいことにこだわらない
  3. 「正しく」より「たくさん」
  4. 伝わらなかったら、言い方を変えたり、身振り手振りや物を使おう
  5. とにかく大きな声で!
  6. 自分で自分をチェックしない!

なお、悩みに悩んで、いまだ三原則に絞れていません。今後さまざまに変わる可能性があります。

ただ、多読的おしゃべり三原則を一言で言うことはできます。

「正しく話す」ことより「気持ちが伝わる」ことを大事に!

ということです。

わたしたちは家でも学校でも、間違ったことを言ってはいけない、よく考えてから話しなさいと小さいときから言われ続けてきました。その上学校英語では「正しく」を強調されます。間違えることはいけないことだと、骨まで染みついています。

  (そもそも文部科学省の指導要領が「正しく」を非常に強調しています。
   くわしくは『さよなら英文法! 多読が育てる英語力』(ちくま学芸文庫)をご覧ください。)

わたしたちが英語で話すときの自己規制たるや涙なくしては語れないほどです。英語で話さなければならないときに I と言ってみたものの、あとが続かずに何秒も気まずい沈黙が続く・・・ よくあることです。

こどもの方が外国語に慣れるのは早いと言われています。わたしの研究課題「をさなごのやうに」はその常識を疑ってみようというものですが、をさなごである「リボン」ちゃんが多読(読み聞かせ)半年で自分から話しはじめた様子をわたしのブログで紹介しています。

こども式ウェブサイトのブログ > こども その???? リボンちゃん、ORT読み聞かせ

それでは多読的おしゃべり三原則を説明しましょう。
実のところ、この項の最初に書いた「話せない原因の8割は気持ちの問題」でほとんど言いたいことは尽きているのです。ですからここでは三原則の一つ一つを少し詳しくお話して、あなたの気持ちをあなたの頭が軽くしてくれるようにお手伝いしましょう。

(1)話したいことを話す

一般に「英会話」というと、自己紹介にはじまって、家族のこと、友だちのこと、仕事のことなど、先生から与えられた話題について話すものでした。でもそれはあなたが本当に話したいことだったでしょうか? 本当に話したいことではないのに、先生から与えられた話題をこなせることが英会話ができることと錯覚していませんでしたか? あるいは挨拶の決まり文句とか、勧誘の決まり文句などをたくさん覚えることが「英会話」だと思っていませんでしたか?

どれも「今の自分の気持ち」に沿っていないかもしれませんね。単語の暗記とおなじように「覚えるぞ」と気持ちを引き締める・・・そうするとまず間違いなくすぐに忘れます。決まり文句や定番表現は自然に体に染みこむのを待ちましょう。たくさん読んだり聞いたりする中で、場面とその決まり文句が体に染みこんでいれば、おなじような場面で決まり文句がふと口をついて出てきます。

それにはかなりたくさんの外国語を吸収する必要があるでしょうね。おとなならば数百万語というところでしょうか? その日に備えて、話したいことだけを話しましょう。そうすると体に溜まった外国語が口から出やすくなります、はずです。そして、そのうち、大して話したくない話題でも、適度に話を続けることができるようになります。そしていつかは話したくない話題でも、なんとか相手を説得できるようになるかもしれません。

(2)細かいことにこだわらない

これは「正しく」より「たくさん」と似ています。(どっちを三原則に採用すべきか迷っています。)

これまでの英語学習は「正しく」をめざしていました。学校の定期試験しかり、入学試験しかり、TOEICしかり、TOEFLしかり・・・ 細部のまちがいを丹念に減点する--そういう試験を目的に勉強をしてきました。その姿勢をそのまま「話す」ことに持ちこむと一言も口から出なくなってしまいます。間違えるのがこわいからです。(その気持ちはわかります。)

もう一つ、細かいことにこだわると良くない理由があります。それは言葉を部分に分けて、一つ一つの部分が正しければ気持ちが伝わるはずだという思い込みです。いわゆる「正しい単語を文法的に則ってつなげれば通じるはず」という信仰です。その信仰を揺さぶるためにわたしは「さよなら英文法!」を書きました。

くわしくはその本にゆずるとして、一つだけ証拠を挙げます。大学の英語の先生です。あの人たちはたくさんの語を知っていて、文法も熟知しているのですから、上の信仰が本当なら、どんどん話せるはずです。けれども大学の先生にはわたしを含めて、そういう人はほとんどいません。小さな部分を積み上げて全体を作ろうとすることの空しさを実感させます。いままでのやり方をやっていたのでは、わたし程度にしかならない!これはかなり怖いことのはずです。

(3)「正しく」より「たくさん」

(2)とよく似ています。逆に言ったとも言えます。その心は「正しくない言い方でも、いくつも重ねれば通じるかもしれない」ということです。

(4)伝わらなかったら、言い方を変えたり、身振り手振りや物を使おう

一言で通じなければ、もう一言。それでも通じなければ、手振り身振りに物を使って伝えようとしてください。

手振り、身振りや物を使ったのでは「英会話」にならないと思いますか? 
いえ、英会話よりも、伝えること、通じ合うことが優先です。
本当に伝えたいという気持ちから出発した方が結局早道でしょう。
それは物語を楽しむことが言葉の獲得につながる「多読」とおなじです。
そこで、「多読的」おしゃべり!

(5)とにかく大きな声で!

万策尽きたら、力業(When everything else fails, use brute force.)--これから外国に行くけれど、言葉が通じなかったらどうしよう、と相談に来た人にわたしはいつも「とにかく大きな声で!」と助言します。

わたしたちは細かいことにこだわってマチガイを恐れるあまり、とかく声が小さくなりがちです。下手な発音で声が小さかったら、もうdisasterです。わかってもらえる気遣いはありません。

そこで、相手にわかろうとわかるまいと、大きな声で叫びましょう。こちらの必死さに負けて、伝わることがあります。

(6)自分で自分をチェックしない!

これはいわば「細かいことにこだわらない」を心理的に表現したものです。

自分で自分をチェックしはじめると、言いたいことがあっても、言葉が口から出るまでにとても時間がかかります。なにを言ってもいい、だれもチェックしない、自分さえチェックしない「場」があれば、気持ちから口への通路はずっと通りやすくなるはずです。そこで、多読的おしゃべりには、そういう場を作ってくれる「仲間」が大切になります。

3.仲間

多読的おしゃべりはなんといっても本格的な「話す」への入り口です。
まだまだつたなく頼りないので、気の置けない仲間や、こちらを立ててくれる相手には通じても、商売の駆け引きや仕事の交渉に通用するかどうかは怪しいと言わざるをえません。

では・・・

多読的おしゃべり仲間はどこにいる?

多読的おしゃべりを楽しむ人の数は、2009年春現在まだ数十人程度と思われますが、この人たちは主に電気通信大学で開かれる「多読的おしゃべり会(通称南南南会)」に出たり、Skypeを使った個人レッスンを受けていたり、さまざまな方法で得た外国人の友だちと気ままな会話を楽しんだりしています。

このどれもなんらかの敷居はあります。多読的おしゃべり会はあなたの家の近くでは開かれていないかもしれません。Skypeはお金を払って個人レッスンをするようなので、ためらわれるかもしれません。また、外国人と友だちになるには機会が必要で、しかも気が合わなければいけませんね。

仲間を作ろう!

そこで、わたしがいま試みていることは、各地でおしゃべり会を立ち上げるお手伝いをすること、そしてSkypeでおしゃべり会を開くことです。わたしが司会をする「Skypeおしゃべり会」を地域ごとに開いていって、いつか地域ごとに多読的おしゃべり会が開かれるようになるといいと期待しています。また、Skypeで個人レッスンを受けることについても、掲示板やブログなどでお知らせしていきます。

おしゃべり会ではみなさん気持ちよさそうに話します。好きな本のこと、気に入った作家のこと、話したくてしょうがない話題について話せて、しかも聞く人はみんな「ひょっとすると自分も好きになるかもしれない!」と一生懸命耳を傾けてくれます。まちがいなど絶対に指摘されません。いや持ちつ持たれつで間違い放題! そもそも司会のわたしがいっぱい間違えながら話しています。こんなに気楽に話せる場は非常に少ないでしょう。こういう場がこれからどんどん増えていきますように!

多読的おしゃべり会やSkypeおしゃべり会など、気楽に話せる機会についてのお知らせは、掲示板やブログで見つけてください!

文法はいらない? 会話文は覚えなくていい?

このページの最初に書いたように、多読的おしゃべりはこれまでの「正しく話す」やり方とはまったく違います。文法に沿った文章を頭の中で完成させてからおもむろに口に出すのではありません。思いついたことを文にせずに口にしてしまいます。「英会話定型文」や決まり文句を覚えたりはしません。

ではなにを頼りに発言するのか? 頼りにするのは、いわば「圧倒的な」吸収量です。
考えて文を作るのではなく、「あ、こんな場面ではこんなことを言っていた」と反射的に頭に浮かんだ言葉をどんどん口に出す。いわばこどもが何か欲求を叶えてほしくて、こうだったかな、それともああだったかなと、だめもとでなんでも言ってみるのに似ています。

そのためには体の中にできるだけたくさんの場面とその場面に適した決まり文句がたまっているといいでしょう。(だからといって、わざわざ覚えようとすることはありません。どうせ覚えられないのですから。決まり文句もまた、覚えるものではなく、たまっていくものです。)従って、多読的おしゃべりは多読・多聴と同時並行で進めていくものだと考えています。

いつはじめる? -- I can English a little!

話したくなったら、たまった言葉をはき出したくなったらいつはじめてもいいでしょう。
最初に書いた心理的障壁を乗り越えたら、話すことは意外に簡単なようです。
少なくとも多読的おしゃべり会でしゃべり続けるみなさんを見ていると、
「話すこと」のむずかしさは明らかに誇張されてきたと思えます。
「正しく話そう」、「間違えたらみっともない」と緊張して、文を組み立ててから話そうとするから
とてつもなく難しいのです。
「英語が少しできます」と言いたければ、I can English a little. でいいのです。

さ、いつはじめてもいいです。
多読的おしゃべりをはじめると、読んだり聞いたりして吸収できる文章が増えるのではないかと予想しています。ぜひみなさん、思い切って跳躍してください。溝は案外狭いかもしれないのです。

多読的おしゃべりの先にあるもの

先ほど多読的おしゃべりは「本格的な話す」への入り口と書きました。「本格的」とは「作法の文法を踏まえている」ということですが、それはどういうもので、そこへ向かうにはどういう道があるのか、考えてみましょう。

まだ多読から多聴へ、多読的おしゃべりへと巣立っていった人の数はわずかなものです。したがってルール無視の多読的おしゃべりから作法の文法をわきまえた「話す」までの道は明らかになっていません。

けれどもこれまでわたしが見たいくつかの例から、切れ切れの道筋は見えてきたように思います。けれども切れ切れですから理屈が通っているわけではありません。箇条書きに並べておきましょう。

   * 多読・多聴(+シャドーイング)で、基本的な語の吸収を続ける。
   * 仕事や研究に必要な作法を含む(専門的な)本や、会話、講演、放送番組、を多読・多聴する。
   * その際、その分野の「作法」を意識する。
   * 緊急に作法を心得る必要のある場合は、「一般的な作法の文法」を問題集などで補強する。
   * その分野の文章をまねして大量に話す。
   * いつか自分自身の話し方でしかも作法に沿った話し方になる。

先ほどの中2くんが、多読・多聴を1年半、多読的おしゃべりを半年続けた頃、ネイティブの英会話の先生に

「英語のジョークや皮肉がわかるので、今、ホームスティに行っても大丈夫だけれど、あなたの英語はネイティブの10代が話すようなlazyな英語なので、通じない事もあるから、もっとしっかりした英語を話せるようにした方がいい」

と言われたそうです。この例なども「多読的おしゃべり」から「作法の文法」へ
と発展していく例と言えるでしょう。

みなさんも、まずはlazyな英語をめざしましょう。「しっかりした英語」は必要が出てきたときでいいのです。