多読について

初稿:2009年4月 1日

最終更新日:2009年5月12日

多読って、なに?

多読は外国語で書かれたやさしい絵本からはじめて、大量に読みます。

注:まもなくほかの言葉にも広がっていくはずですが、ここでは主に英語を例にします。

多読で、どうなる?

肩の力が抜けます!
すると、外国語と対等につきあえるようになります。
そして外国語の文章を日本語に訳さずに理解できるようになり、
ついには日本語の読書とおなじように外国語の読書を楽しむようになります!!!!

三本柱

多読を支える三本柱は

  1. 多読三原則、
  2. 大量の読みやすい本、
  3. 仲間

です。

一つ一つ説明しましょう。

1.多読三原則

多読三原則はわたしの提案する多読(100万語多読ともいいます)のいちばん大きな特徴です。一言で言えば、日本語に訳していた癖から抜け出すために、多読三原則を利用します。多読三原則とは・・・

  1. 辞書は引かない
  2. わからないところは飛ばす
  3. 自分に合わないと思ったら、すぐ投げる

 

(1)辞書は引かない!

ほとんどの人は「辞書を引かずに外国語の本を読む」と聞くと、そんなことできるわけない、と考えます。無理はありません。外国語を学ぶには辞書は必須というのが常識です。学校ではいつも辞書の助けを借りて和訳しながら英文を読んできました。そのために、それ以外の「読み方」はなかなか思いつかないのです。

(わたし自身、英語の先生になってから「辞書は引かない」を提案するまでに30年くらいかかっています。)

けれども、まったく学校で英語を習っていないのに、辞書を使わずに英語を読めるようになった例は少なくありません。どうしてそんなことができたのか? 簡単です。「辞書を引かなくても楽しめる本」からはじめればよい! そして自分でも気づかないほどゆっくりとレベルを上げていけば、そのうちペーパーバックが読めるようになります。通常の「学習法」では必要とされる努力や根性や明確な目標などはいりません。

そのためには気楽に、楽しく、何気なく読める英語の素材が大量に必要ですが、そういう素材はたとえば字のない絵本(書名だけが英語!)であったり、いやというほど読みこんだ日本の漫画を英訳したものだったり、飽きるほど繰り返し見た映画(字幕なら多読、音声なら多聴)だったり、何度もクリアしたゲームの英語版だったり・・・実は結構いろいろあるものなのです。

はじめたばかりのころはどうしても辞書を引きたくなる人もいます。そういう人たちのために、このページの最後で「間者猫」さんのブログから具体的な助言を紹介しています。

(2)わからないところは飛ばす!

どんなにやさしい本から読みはじめても、それでもわからない語はあるものです。たとえば いちばんやさしいレベルの絵本にもDad was stuck. といった表現が出てきます。どういう状況で言う言葉かわかりますか? ぱっとわからなかったらどうするか?

見なかったことにします。無視します。飛ばします。それが多読三原則のその二です。考えこんではいけません! 英文を読んでいて、眼に入ってきた語が知らない語だとわかった瞬間、無視して次の語へ眼を走らせます。

これが最初はなかなかむずかしい・・・ 普通はわからないところがあると先へ進んでは行けないような気になります。それもそのはずわたしたちは生まれたときからなにかにつけ、「わからないところは全部わかるようにしなさい」と叩き込まれています。まして英語となると、中途半端は許されませんでした。知らない単語は全部辞書を引いて、わからないところは文法的に分析して、和訳して・・・ 英語が嫌いになるのも無理はありません。わからなくなるのも無理はありません。わからないとところはすべて豪快に捨てましょう! つまり・・・

知らない語は見なかったことにします。でも、その語が文の中で大事な役割を担っていて、その語を知らないために文全体の意味がわからなかったら、どうするか? 辞書は引かないまでも、最初に戻ってもう一度考えるか? 

いいえその文は見なかったことにして次の文を読みます。その文がまたわからなくて、その次もわからなくて、ついに一段落全部なんのことかわからなかったとします。段落の頭に戻ってもう一度読みますか? ・・・読みません。

そう、その段落は見なかったことにして先へ行きます。けれども段落をいくつか豪快に飛ばしているうちに、一章まるまるなんのことかわからなかったりします。その場合は章の最初に戻ってもう一度読むか? もちろん、読まない!! その章は見なかったことにする!!!

ただ、章を飛ばすほどになると、かなり悲劇的な事態に陥ります。たとえば、登場人物が誰が誰だかわからなくなる、主人公が消えてしまう! そうなったら、多読三原則その三 ↓ を適用します。

なお、「わからないところは飛ばす」こそ多読三原則の真髄だという意見があります。実際その通りで、「辞書を引かない」は「わからない語を飛ばす」と考え、「会わないと思ったら、投げる!」を「わからない本を飛ばす」と考えれば、まさに「わからないところにこだわらないこと」こそ、多読三原則の根本だといえそうです。

(3)合わないと思ったら、投げる!

そう、今の自分にはむずかしすぎると思ったら、そこでその本を読むのをやめます・・・ きっぱり、やめます。それを多読では「投げる」といいます。

はじめたことを途中で放棄する・・・ これは日本人の骨に染み込んだ倫理に反します。けれども言葉の獲得では、読むのがつらくなったり、聞くのがつらくなったりしたら、やめなければなりません。結局その方が早く言葉が身につきます。不思議ですね・・・

「不思議だが本当だ!」は、バカボンのパパの台詞ですが、本当なのです。ここで豪快にちぎっては投げ、ちぎっては投げた人たちの経験を紹介しましょう。

多読村掲示板投げ本はどのくらい?

この投稿だけでなく、ぜひツリー全体を読んでください。こうしたことが掲示板で延々と話題になるということがそもそもすばらしいですね。普通はよくないこととされる「挫折体験」をみなさんが楽しそうに語り合っています。これから多読をはじめる方は「投げ技」をいつか身につけるつもりでどうぞ!

2.大量の読みやすい本

だれでもゼロから!

このサイトが提案する多読の二つ目の特徴は「だれでもゼロからはじめる」ことです。まだ日本語も読めない小さなこどもかられっきとした英語の先生まで、普段ペーパーバックを読んでいない人には文字のない絵本からはじめることを勧めます。字のない絵本ならだれでも「読む」ことができます。字のない絵本を何十冊も読んで、次に1ページ一つか二つの語しかない絵本を何十冊か読み、次にはページ印刷された語が三つか四つの絵本を読み、次には五つか六つ・・・と次第に語数を多くしていくと、不思議や不思議、字ばかりのおとな向けの洋書も読めるようになるのです。そのために、多読初期には何百冊あるいは千冊を越えるやさしい絵本や挿絵入りの本を読むことになります。

また、だれでもゼロからはじめるということは、英語の蓄積がゼロの人もはじめられるということになります。「多読」という考え方は夏目漱石のころからあったようです。そんな昔からあった提案にもかかわらず、つい最近になるまで多読で英語を使えるようになった人はいなかったようですが、一つの大きな原因は多読をはじめる時期の問題だとわたしは思います。

インターネットに引用された文によると、夏目漱石は「英語を修むる青年はある程度まで修めたら辞書を引かないで無茶苦茶に英書を沢山読むがよい」と言っているそうです。(原文は見ておりません。太字はわたしの強調です。)「辞書を引かないで」の部分や「無茶苦茶にたくさん読む」の部分は多読三原則に似ていますが、違いは多読の開始時期です。「ある程度まで修めたら」が漱石以来の多読の「開始時期」でした。

ところが1世紀前の漱石の提案以後も、多読は普及しませんでした。なぜ「ある程度修めた」あとではじめる「漱石流の多読」が普及しなかったのか? わたしの考えでは次の二つの理由がありそうです。

      一つには、「修めた英語」が学校英語の場合、結局辞書から離れられず、「無茶苦茶に沢山読む」ことができない場合があること
      二つには、やさしいと言われる言葉ほど栄養豊かで、大切だと思われるのに、「修めた」あとの多読ではやさしい言葉を十分吸収しにくいこと

それに対してわたしは「ゼロから」多読をはじめることを提案したのでした。しかも英語の蓄積がゼロの人だけではなく、なんと「ある程度修めた」人も「ゼロから」はじめることを提案しました。おとなが幼児向けの(一見)やさしい絵本からはじめる――これは多読三原則の一「辞書を捨てる」とおなじくらい、前代未聞、奇想天外、空前絶後(?)の提案でした。

けれども、「やさしい」絵本は実に栄養豊かな素材です。Oxford Reading TreeやLongman Literacy Landなどの絵本は、絵と文字で(一部は音つきで)世界と物語を表現しています。何百冊もあるそうした絵本に浸ると、言葉と世界とそこに住む人たちのことが自分のことのように感じられます。外国語の吸収にはほぼ理想的な素材と言えるでしょう。またおなじような素材はDVDやインターネット上のサイトでも手にすることができます。

漱石が夢見て、しかし一般には実現しなかった「多読」がいまは絵本やDVDやインターネットを通じて、いよいよゼロから実現できるようになってきたわけです。

3.仲間

多読三原則があって、やさしい本や音声素材、映像素材が大量にあれば多読街道まっしぐら! いや、そうはいかない場合があります。多読はこれまでの英語学習とあまりに違うので、回りを見ると不安になることがあるでしょう。やはり単語や文法を覚えたり、問題集をやらなければいけないのではないか? このごろ多読が進まないけれど、原因が思い当たらない・・・

そんなときに強い味方になってくれるのが、多読仲間です。好調なときには喜んでくれて、区切りの語数報告をするとお祝いを言ってくれて、停滞に入るとそっと見守ってくれる――

多読仲間はどこにいる?

多読を楽しむ人の数はいまや万を数えるのではないでしょうか? その中の数千人は多読村やSSSの掲示板に集っています。この人たちは実にすばらしい人たちで、こんなに気持ちのよい人たちのグループをわたしはほかに知りません。

多言は要しません。どれほど上質な人たちかは掲示板を見ればすぐにわかります。ぜひこうした掲示板をのぞいて、嫌いだった英語と親しくなり、英語を使って楽しんでいる人たちがいることを確かめてください。

掲示板だけではありません。掲示板には現れないけれども、各地の「オフ会」に出席して、さまざまな情報を分け合ったり、励まし合ったり、本を貸し合う人たちも少なくありません。オフ会の敷居の低さは参加してみなければわかりません。遠くからでもちらっとのぞきに行ってみてください。多読村の掲示板には「オフ会の掲示板」があって、各地で開かれる多読好きの人たちの集まりについてお知らせが出ます。

さらには多読講演会も各地で開かれます。昨年わたしは何十という町で多読や多聴やシャドーイングについてお話をしました。そうした集まりのあと、わたしがそのまま帰ることはまずありません。いつも地元の多読を実践している人たちと歓談のひとときを過ごします。そうした集まりに思い切って入ってみましょう。そこから「多読ってどういうものなのか?」がはっきり見えてくるかもしれません!

仲間を作ろう!

それからもちろん近くの友達を誘って一緒に本を買ったり、読んだ本の感想を語り合うのも多読の楽しみになります。まず自分ではじめて、おもしろさを実感したら周りの人を誘ってもいいでしょう。多読を楽しむ人たちには、親御さんやお連れ合いを誘う人もかなりいます。わたしはそういう人たちの体験談を掲示板で読んだり、オフ会で聞いたりするたびに、親子や夫婦で英語の本を楽しんでいるほほえましい光景を想像して、うれしくなるのです。

語彙は増えるの? 文法はやらなくていいの? 

ただなんとなく読んでいるだけでは英語の力がつくはずはない、辞書で単語の意味をたしかめ、文法で文の仕組みを解明し、日本語に訳してこそわかったといえるのだ、という人がいます。大丈夫です。最初は分からなくて飛ばしていた語も、何度も目にするうちにだんだん意味の輪郭がハッキリしてきます。また1語1語はよくわからなくても、文章ひとまとまりではなんとなくわかってきます。こういうことを繰り返しながら、気がつかないうちに知っている言葉が増えてきます。そして、こういう頭の作業(心の作用?)には文型だの、○○形だのという知識は必要ないのです。そうした知識に目や気持ちが囚われると見えなくなってしまうものがあるようなのです。

最初のうち、どうしても我慢できなくて辞書を引いてしまう人もいるでしょう。でも、もしあなたがいままでの英語学習でうまくいかなかった人なら、ここは「えい!」と決心して、過去を捨ててみてはどうでしょう? 3ヶ月だけ、多読に賭けてみませんか? 多読を、本を、楽しんでいる間は辞書とお別れしましょう。辞書を使わずに英文を読むなんて、清水の舞台から飛び降りるほどの決心がいるかもしれませんが、思い切って飛び出せば、鳥のように飛べるかもしれません!

文法についてもおなじことが起きるとは信じにくいことかもしれませんが、たしかに起きます。文法を知らなくても日本人が外国語を読めるようになり、聞けるようになるのです。典型的な例では、ある中学1年生が多読をはじめて6ヶ月でIt should have been you.という文の役割を見事に捉えていました。学校ではまだ過去も習っていない時期でした。

実は母語についてはだれでも文法を習わなくても上手に使えるようになります。多読はおなじことが外国語獲得についても起きることを明らかにしたと言えます。

いつはじめる?

ゼロからはじめられる上、単語や文法の暗記がいらないので、何歳からでもはじめられます。これまでの最年少は2歳半、そして最年長は70歳を越えた方たちです。つまり、小学校あるいはそれ以前からはじめなければならないということはないのです。本当に自分から外国語を身につけたいと思ったら、数年である程度実用になる力がつきます。(現在のところ、読む、聞くについてはそう断言してよいと考えています。話す、書くについても徐々にですが、同じことが言えそうになってきています。くわしくは「多読的リスニング多読的おしゃべり、多読的ライティング」の記事を読んでください。

本や本の情報はどこで手に入るのか?

SSSの書評ページ

2001年の10月に「SSS英語学習法研究会」(以後SSS)のサイトが生まれました。その後2002年に「快読100万語! ペーパーバックへの道」が出版され、雑誌などで取り上げられると、予想をはるかに超える数の人たちが多読をはじめ、SSSのサイトの書評ページに読んだ本のやさしさを報告してくれました。いまでは1万をはるかに越える本について、多読のどの時期に読めばよいか、ある程度わかるようになっています。SSSの書評ページとそれを本にした「英語多読完全ブックガイド」(2009年3月現在は第2版、まもなく第3版がでるようです)は全国の(全世界の?)多読実践者の格好な手引きとなっています。たくさんの書評をアップロードしてくれた人たちに感謝しなければなりません。

図書館

また、最近はようやく図書館に多読用の本が入るようになりました。みなさんの近くの図書館をのぞいてください。多読用の絵本ややさしい本がある確率は日ごとに高くなっています。もし近くの図書館にないときは、図書館同士の貸し借りである「相互貸借制度」を利用して遠いところにある多読用図書を借りられる場合もあります。また、近くに大学があれば大学図書館も借りられる可能性があります。

図書館や低コスト多読の情報については、このサイトにできる図書館サイトをご覧ください。

多読サークルなど

まだ数は多くありませんが、日本全国におとなの多読サークルを持つ多読児童英語教室や多読ブッククラブができています。そうした情報については今後「多読村」でも蓄積する予定です。

インターネット・オークション、古本屋さんなど

またインターネットのオークションなどでも安く手に入る場合があります。古本屋さんでも最近は結構見るようになりました。2001年ごろには、いちばん手に入りやすい段階別の簡約本(graded readers)でさえ、紀伊国屋、丸善くらいしか置いていませんでした。いまではそのほかの巨大チェーン店だけでなく、町の本屋さんでも多読用図書を備えているところがあります。どうぞ Oxford Reading Tree や LongmanのStory Street といったシリーズの絵本を薄い方から手にとって、英語がストレスなく読める楽しさを体験してください。

どうしても辞書を引きたくなる人へ

―― 「間者猫」さんのブログ「きみは闘っているかね?」から

辞書引きに関する覚え書き
(ブログ: 君は闘っているかね? > 【多読】辞書引きに関する覚書 より)

辞書をひくことに関しては、
多読三原則を守って、ある程度サクサクに読めるようになった段階で
辞書引き3原則を適用していくという方法がいいと思います。
 というのも、分からなかったらすぐに辞書をひいてしまうと
その時は覚えているのですが、すぐに忘れてしまうんですね。
そうすると
1)辞書をひいたけど分からない
2)また辞書をひく
3)分かった気になる
4)しばらくするとやっぱり分からない 2)へ戻る
という辞書引き地獄の悪循環に陥る可能性が大きく、
この悪循環に一度はまってしまうと
快適なスピードで読めなくなってイライラし、
最悪、多読を挫折させてしまう
という流れになるかもしれないと思います。

辞書をひかない効用としては
分からない単語をモヤモヤさせておくと
分かった時にうれしいし、
この"捉えた!(Bingo!)"という感覚がまたたまらなくいいのですよ。
"Get"という言葉を捉えた時はうれしかったですなあ。
(まだ捉えきれているかどうかは分かりませんが)

ある程度ざーっと読めて筋が追っていけるようになれば
辞書をひいたとしても辞書引き地獄に陥らないので、
そこまでは我慢して辞書をひかないでおきましょう。

とくに最後の3行が簡潔でわかりやすいですね。わたしは3ヶ月我慢することを勧めましたが、間者猫さんは期限ではなく、何ができるようになったら辞書を引いていいかを助言しているところがちがいますね。「3ヶ月」でも、「ざーっと読めて筋が追っていける」まででも、どちらでもよいでしょう。自分に合う「期限」を設けて、「そこまではがんばって辞書引き衝動に抵抗するぞ!」って考えてください。間者猫さん、ありがとー!