2007年4月14日

多読から文法へ 「あずき」さん編

「こども式」というのはまだ「仮説」の段階で、わたしとしてもすっかり確信を持っているわけではありません。「探ってみる価値は十分にある」という程度の確信です。

また、こども式という名前も変えようかと考えているくらい、まだまだあやふやといっていいでしょう。だから、どうか「こども式は絶対だ」なんて思わないでください!

で、そうした「探ってみる価値」を示唆する体験談の例です。

SSSの掲示板の「あずき」さんは5年くらい前に、ほぼゼロから多読をはじめました。その後「ほぼゼロ」が幸いしたのか(?)模範的といっていいような伸びを示しました。いまでもわたしの中では多読による伸びの「ベンチマーク」のようになっています。

もちろんその後さまざまなパターンが明らかになってきて、いまはもう「パターンはない」と言い切ってよいくらい多様です。でも、あずきさんの例は最初期の例として、印象的なのです。

そのあずきさんに、多読から文法への道筋を振り返ってもらいました。

面白いのは、文法で、10月に講演会があったときに、オフ会で少しお話したの ですが、ホントにぽつぽつとGrammar in Useの一番簡単な赤をやっているので すが、200万語ぐらいのときは、なんとなく、答えはこれだろ。という感じで問 題を解いていたのです。前置詞などは特に。答えはあっているのだけど、腑に おちなかった。なので、あまり面白くなかった。で、途中でやめてしまったの ですが、700万語ちょっと前ぐらいから、また再開したら、読んだことがあった り、こうであろうと想像している表現が多くなっていて、その上、その表現が 使われる場面も想像できるので、読んでいてすごく腑に落ちるのです。頭で覚 えるというというより、体で覚えている感じ。もちろん、シリーズの中では一 番簡単な文法書ということもありますし、全部使えるかといったら、使えない ものもあるかもしれませんが、だんだん鮮明になってきたのだから、これから もっと読めばもっと鮮明になると思いました。理解度や語彙や読速だけじゃな く、文法も、たくさん読んだらついてくるし、具体例を知らずに覚えたものよ りももっと鮮明なイメージを持って覚えられるのではと思いました。 --- これは、2003年の記事で、もう3年以上も前のものです。そこで、今は どうなのか?実際に、Grammer-Grammar in Use Intermediateをやってみました。 今回は一番簡単だった赤ではなく紫のものです。それでも、あのときと全く 同じ考えを持ちました。文法書の内容が難しくなっているのにもかかわらずで す。多読を続けてきたおかげで、以前より英語が溜まっていたんだなあ、と実 感しました。

よくまず基礎として文法をやってから、といいますが、私は、たくさんたくさん
英語を読んで体に溜め込んで整理する、というのが一番良いのではないかと思
っています。もちろん、"今すぐ"に正確な英語を"書く"必要がある、テストで
必要である、という場合は別ですが、コミュニケーションの道具として話した
い、読みたい、というときに、あまり文法にこだわりすぎると、読みたい、と
いうときにひっかかりができてしまいます。というのは、実際に使われている
英語なんて、常に文法的に正しいとは限らないからです。話すときや聞くとき
も同じです。インタビューなんて、途中で途切れる、言い方を変える、なんて
ことはしょっちゅうなので、文法的ことを前提に聞いていたら、聞けませんし
、話せません。コミュニケーションの道具として使いたいなら、とりあえず文
法は後回しにし、子供のように、言葉として伝達手段として使われている英語
を聞いたり、読んだりして、溜め込んだ英語を整理するのが一番効率が良いの
ではないかと考えています。

といいながら、私は、相変わらず、文法の整理をしていません。英語圏に一人
旅をしたり(1月にオーストラリアに行ってきました!クレーマーにもなりま
したよ笑。)、稚拙ながら英語の日記を書いたり、手紙を書いたりもします
が、あまり必要を感じないのです。間違いを気にしないからでしょうけれど。
ただ、最近2000万語になりましたし、そろそろ整理をしようか、という気に
なりました。貯めたもののなかに、まだまだ掘り起こされていないものがあ
るかもしれないと思うようになったからです。でも、私に文法の"勉強"が続
くのでしょうか?どんなことになるのでしょうか?何か変化があればまた
メールしますね。

では、お忙しいとは思いますが、お体気をつけてくださいね。


あすきさんは、いまでもやっぱり一つのベンチマークですね・・・

我田引水になるので控え目にしますが、どう考えても明治以来の学校英語のように最初から文法を「教える」というのは「英語嫌い、外国語嫌い」を作るだけだと思います。逆に英語を体にためこんでからGrammar in Useのような本をやると、電気通信大学の学生もなんと「楽しい」といいます。不思議でしょう? 文法の本をやって楽しいなんて!

なお、Grammar in Useのような本を一斉授業としてやっている教室をいくつか知っています。そういうところではさすがのGrammar in Useも歓迎されていません。わたしの多聴・多読クラスでは、やりたい人がやりたいページからやっていきます。

ちなみに、わたしの多聴・多読クラスで文法問題集をやるのは上級クラスだけですが、すでにGrammar in Useなどの英文による説明は一読してほぼ理解できるようになっています。

やりかたは、この本は左右見開き2ページで一つの単元になっていますが、左ページの解説を読んでから右ページの問題をやる人、右ページの問題をやって間違いが多い場合だけ左ページの解説を読む人、右ページの問題のおもしろそうなものだけやる人など、それぞれです。

そして、なぜ間違えたのかわからないときなどは手を挙げてわたしに説明を求めます。実はわたしは文法や語法の説明は大好きで、しかも、自分で言うのも何ですが、かなりうまく、腑に落ちる説明ができます! だから手が挙がるとわたしはいそいそと説明に駆けつけます。学生が「そうか・・・ なるほど・・・」と納得したときの表情は多読でおもしろい本を読んだときのように「解放された」表情です。

多聴多読のあとの文法説明は、腑に落ちる説明ができれば(これは a big if つまり、それこそが問題、なのですが)、実に蜜のごとく甘く、熟した果実のごとく栄養があるとさえ思います。