2008年1月24日

キリン読みはキケン読み? ま、そうでもないけど・・・

紫さんのコワイ体験談・・・

キリン読み、つまりいつも読んでいる本よりもむずかしいものを背伸びして、または首を伸ばして読むことは、場合によるとポンと壁を突き抜けることができて、とっても忘れられない体験になるようです。

でも、そうではなくて、多読の楽しみにブレーキをかけてしまうことも・・・

酒井先生、こんにちは。 いつもお世話になっております。紫です。

今回はシャドーイングとは切り離した感覚ですが
ここのところ、じんわりと思いついた怖いことがあったので
くだらないことではありますが、先生にお話したくなりました。

怖いこととは、多読初期の段階で難しい本を読んだ場合について、です。
実は知らないうちにとても傷ついていたのではないかと。

私自身はつい最近まで、そんなことまったく思ってもいませんでした。
でも最近になってじんわりじんわり、やはりそうなのではないかと思うようになってきたのです。

一応、少々経緯から書きます。


こういう体験談は貴重です! 
多読の悪い面(?)についてはなかなか報告が来ないからです。
そりゃそうですよね、多読についてのサイトだから。
シャドーイングを始めたあとから、多読もついでに始めた感じの私です。
始めは順調に語数を伸ばしていき、5ヶ月くらいで60万語まではすんなりと進みました。
読んでいる本はかなりめちゃめちゃで、
GRレベルだと2?3くらい、その他肥やしになりそうな絵本を少々、
10万語あたりで突然ペーパーバック(ナルニア)。
その後もGR2?3をベースにランダムに更にペーパーバックや雑誌、エッセイなど、読たいと思ったものを。
全体的に絵本などのやさしく肥やしになる本の量がとても少なく
(買うのも大変だし手に入れにくいという状況もありました)、
週に一度、先生のところで1時間半の間にまとめ読みする程度で
普段は殆ど手にしていなかったようにも思います。
そしてGRレベル1は2?3で困っていなかったこともあり、なんとなく省略してしまっていた。

ペーパーバックは当時の自分にはもちろん劇薬で
先生にも「ダメだったらすぐやめてね」「実は気がつかないうちに傷ついてしまうかも・・」と
かなり忠告をしていただいていたんですよね。


はい、そうです。多読クラスでも、それまでよりも上のレベルの本をすすめるときがいちばんコワイですね。だからアフターケアを考えながらすすめないといけない・・・
でも当時は飛ばし読みも気にならずに、それなりに楽しんでいました。
英語の本なのに、文法も単語もろくに覚えていないのに
何故か本が読めるという不思議な楽しさが先行して、
楽しんで読めていたので傷ついていたなんて思わなかったんです。

これも貴重な報告ですね。知らないうちに疲れるっていうことはわたしは知らなかった。
60万語を過ぎたあたりから、ちょうど仕事がどうしようもなく忙しくなり
多読をする時間がまったく取れなくなりました。
その後まったく読む時間が取れないまま、気がつくと2?3ヶ月経っていて。
シャドーイングだけはいつでも出来たのでこちらだけ続けていました。

多読が再開できるような状態になかなかならないので
今度はすぐに読み終える本のみ手を出すようになりました。

ORTの3あたりから7くらいまで。
実にゆっくりのんびり。
それをしたら、だんだんGRの2?3を読むのが面倒になってきました。
理由は「字が多くてイヤ」「話がつまらなくてイヤ」
(話がつまらないはその前から悶々と抱えていた悩みではありましたが)
劇薬でもあるペーパーバックに無理やり手をつけていた理由のひとつに
話が面白い、というのが挙げられます。
やはり普通の本の方が奥行きも言い回しも面白い(当たり前ですよね)


この辺がねえ・・・ 
むずかしい・・・ 
まだ、どうしたらいいか、わかってませんねえ・・・
でも絵本はちゃんと字が少なくても面白い(気づくの遅すぎです)

やっと絵本に向き合えたのです。
(その間にちょこちょこと、MTHやナンシーなども読んでましたが・・)

そして絵本とだけ向き合って更に4?5ヶ月。

実は先生のおっしゃるとおり、自分が傷ついていたのではないかと思うようになったのです。
忙しくて本が読めなかった。事実です。
でも英語に疲れてしまっていたというのもあったのかも。
やさしい本を読んでいて、それがとても楽で、改めて気づいたのです。

誰もが口をすっぱくして?おっしゃってくださること。
●英語はやさしいものから読みましょう●
暴走してみないとわからないバカですね。


それは、そういうもんでしょう。
やっぱり一人一人、自分でわかっていくしかないのですよ。
そういう意味では人間だれでも「バカ」ですね。
わたしもいくつも苦く、酸っぱい体験が・・・
ところで、多読の状況とシャドーイングの状況は違うものですね。
読めないのに、シャドーイングは出来る。
読めないのに、シャドーイングで意味は鮮やかに頭に描ける。
読みたくなくても、シャドーイングは嬉々として行う。
(シャドーイングが上手か下手かはまた別モノで)

こっちも先生のアドバイスに耳を傾けながら驀進したいです。
また宜しくお願いします。


紫さんのシャドーイングはこれまた独特のものですね。
わたしにはさっぱりわからない・・・
理解を超える「音人間」です。そのうちアドバイスするフリをして
いろいろ研究したいです。(アドバイスできるわけがない。自分では体験していないし、実例もほとんど見ていないのだから。)

とにかく紫さんの場合はこれまでのところ、何があってもシャドーイングは楽しい、という幸運な人です。いまそのシャドーイングの音が少しずつ文字と結びついて、意味さえ持ち始めているらしい。

さあて、この先どうなるのか?! 
まだまだ山も坂も、峠も谷もあることでしょう。
望むらくはそのどの行程も、ゆったり、楽しくあらんことを!!