2008年4月27日

Fluency/Accuracy 反響?

「近眼の独眼龍」さんから、さっそく反響をいただきました。

fluencyという言葉はたしかに誤解を呼びますね。
「流れるように」というだけでは単に「うまくしゃべる」ように
聞こえてしまいますね。説明が足りませんでした・・・

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ブログ Fluency Over Accuracy、読みました。

わたし、まだまだ日本語訳にひきづられているなぁと
つくづく思いました。

最初、Fluencyから、すぐ”流暢さ”って思い、流暢に話せないから
黙っちゃうんだよなって、そう思いましたからね。


そうですね。fluencyから「流暢さ」を思い出したら、
とんでもない提案になってしまいます。
でも、内容を読んでいるうちに分かってきました。
私もそうだし、一緒に働く日本語を解さない人たちもそうですが、
ある人の話を一生懸命聞くかどいうかは、英語のうまさというか
accuracyではないですね。 その人に伝えたいことがあり、それを
いかに途切れず伝え続けようとしているかですね。
伝えようとし続けることには、音だけでなく、表情、しぐさも含まれる。

「途切れず」という言い方はよいですね。
途切れずにというのは、伝えたいという気持ちのことですね。
そして、伝えようという努力のこと。
この伝えようとし続けることが、この場合のfluencyに近いんだろうなと
思いつき得心しました。

もちろん、恋人同士でもない限り、やはり音は出続けてくれないと
なかなか聞くほうとしてはつらいけれど、でも声を発し続けてくれる
ことの方が、その発音や文法(文法って何かまだ分かっていませんが)
のaccuracyに優先しますね。


そうですね。それがfluencyとaccuracyを対立させた意図でした。
カイさんの英会話学校の先生やSkype越しの先生が言っているように、
どうも日本人は言葉が出てくるまでに時間がかかります。
(きょうもそのことが国立スタバ会の話題になりましたが)
その沈黙の時間は相手にとって、非常に辛い時間あるいは
居心地の悪い時間のようです。

正しく英作文された言葉が出てくるのを待つよりも、
間違っていようがどうしようが、とにかく音がつながっている方が
はるかにまし、いや、音さえつながっていればコミュニケーションは続いているのでしょう。
手や腕が動いているだけでも、つながっているでしょうね。

先生の言わんとしていることを誤解しているかもしれませんが、
会社での生活から 勝手に自分なりに納得してしまいましたよ。

英語の苦手な同僚に、「できるだけ黙るな。今言えることの中から、
今言いたいことを見つけ出して、とにかく言ってしまえ。推敲だの
反省だのは、会話中は邪魔なだけ」と言っているのも、あながち
間違いではなかったかな。 う?ん、ここまでくると 誤解も行き過ぎ
でしょうか。


いや、まったくその通りです。誤解ではないと思うな。
言いたいことを知っている言葉でとにかく言う。
通じたかどうかは相手の表情や言葉で判断して、
足りなければ間を置かずに次の手を繰り出す。
(ときには本当に手や腕で空中に絵を描いたり・・・)
伝えたいという気持ちが途切れないこと、それがfluencyですね。
対するaccuracyは、相手の居心地の悪さなど考えずに、
「正しい英文」を頭の中で組み立てる・・・
Fluency Over Accuracy、そのままだと 私の同僚も 私の最初の
反応とか、流暢に話せるようになるまで一人で練習しようなどと
思いかねないので、なんとか工夫して伝えてみようと思います。
自分の理解がそんなには間違っていないことを願いつつ。

ではでは


うーん、fluencyにはたしかにそう誤解される余地がありすぎですね。
困ったな・・・ なにかもっと適切な表現方法はないものか?
どうでしょう、独眼龍さん? 

そして、みなさんも知恵を貸してください。今すぐでなくて結構です。
少しずつfuency/accuracyのことを書いていきますから、
ああ、そういうことならこういう言い方があるのでは?と
思ったときに知らせてください。

新しいパラダイムを一緒に見つけに行くのだ!