2008年5月13日

日本の古典も多読? ??続き

「紫」さんの「源氏物語多読(?)」に、沖縄那覇の志学塾の先生から
返信をいただきました。

こうして、人々が、場所や利害に関わりなくつながっていくのは、
しみじみいいものだと思います。

「西一戸」さんの返信です・・・
なお、XXXと書いたところはわたしが西一戸さんのメールに手を加えた部分です。

「紫」さんの体験談への感想です。

「紫」さんの体験談を読ませていただいて「この入り方だよな
。古文は!」と合点していました。

「入り方」というのは、日本固有の文化にもかかわらず多くの
若人達を「品詞分解・文法暗記・対訳」地獄に突き落とし、「
文化遠ざけ政策」の片棒を担ぐことになってしまった自分自身
への反省も込めて、あえて「入り方」と言いました。そうです
。豊穣な古文世界への入り方です。


西一戸さんの「反省」はわたしが何度も書いている「悔恨」とおなじだと思います。
長い間こどもたちを痛めつけてきた悔いは非常に深いものです。
平安期の「大鏡」「蜻蛉日記」「源氏物語」などはストーリー
に心躍らせられる文学の典型だと思います。登場する人物への
興味。人間関係の多様さ、自然描写による立体的構成。喜怒哀
楽「共感の深さ」。など一つの物語として楽しめるものばかり
です。

僕の考える古文学習とはこうです。

?現代語(口語)訳でストーリーを楽しむ。
(次に、「紫」さんの6年とまではいきませんが、原文に触れ
てみたいだろ感を演出して。。。)

?朗読された原文を生徒に聞かせる。(nhk女子アナウンサー
のがもしあれば欲しいですね)

?生徒自身で原文音読をしてもらい、と同時に現代語訳も並記
させた教材をチラ見させて原文の音読に感情を込めるようにす
る。

というのが一連の流れですが。
受験の枠組みの中でどこまでできるか、思案のしどころです。
XXXさんの鷹揚さに便乗して実験中というところです。


XXXさんの「鷹揚さ」にはびっくり仰天、頭が下がってしまいます。
この引用の最後をご覧ください!
にしても「紫」さんの体験談は何よりも元気づけられます。あ
りがとうございました。

古文学習の場合「音読」は重要な要素だと思います。読む作業
は「目移り」して真新しいものをどんどん追っかけていく傾向
にありますが、「音の響き」というのはこの体(DNA)に記憶
され、長きにわたり響き続ける(響きを待ってる)性質を持っ
ているような気がします。
なぜだか「古文」と言われる平安期の文学はそういう「音の響
きの心地よさ」を持ち合わせています。
おそらく「響きを待っている」言葉達が古文世界にはまだまだ
たくさんいるんじゃないだろうかと出会いを待ち遠しく、ドキ
ドキしながら思うわけです。

                        西一戸


連休中にうかがって夜遅くまで生徒と語り合った塾というのは、
そういうわけで、「志学塾」でした。URLは次の通り。

http://www.shigaku-juku.co.jp/

わたしの多読についての話の感想も載っています。
ぜひぜひ訪ねてください!