2008年7月 2日

投げ出し方について 「???????」さんの場合

「Ally」さんのメールを紹介しましたが、早速???????さんから
意見をいただきました。(年数と字数でだれか当てようとしないでください!)

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Allyさんの投げ本の話、「そうそう」と頷きながら読みました。本を投げると、せっかく買ったのにとか、自分の読める本・好きな本も見つけられないのかとか、なんか否定的なことを考えてしまいがちでした。

そうなんですよね。つい、本ではなくて、こっちが悪いような気になる。
そこで「間者猫」さんの「今日はこれくらいで勘弁しといたる!」っていう気合いが
かっこよく聞こえるわけですね。

特に他の人の評価の高い本は、投げるときに気になったものです。
「どうせ、私は名作なんて味わえないのよ」とか変にムキになったりしてましたね。
もっとも、最近はそういう本は、逆に遠慮なく投げるようにしていますが。

他の人の評価というのは本当に問題がある場合があります。大学でも、
友だちの勧めた本というのは「つまづき」の元になりやすい。「これ、おもしろいよ」と友だちが勧めると(勧めること自体は、本当にその本を楽しめたという意味でよいことなんだけれど)勧められた方は「友だちが読めたんだから、読めなきゃいけない」というプレッシャーになってしまう。
それは支援する人(たとえば先生)が勧めた場合も同じです。「先生はぼくがこの本を読めると思っているらしい。期待に応えなきゃ」というプレッシャーになる。キリン読みを勧めるときには本当に気を遣います。

これは、評価が高い本だけではなく、「この本でこういう文法的なことがわかった」とか、「この単語の意味がこういうことだとわかった、発見があった」と報告された本も含みます。
けれど、報告をした人にとっては意味のある体験なんだから、報告したいという気持ちはわかるし、自分も昔はそういう報告をしたので、「そういう報告をするな」なんてことは言いたくないのです。
また、そういう本を恐れる気持ちは、5年も多読をしていると薄れてきたと思います。

この点はわたしは気がつかなかった。???????さんに感謝です。

例えば、私にとってはKingのThe Bodyがそれだったんですね。
「この中の It has been you.(だったかな)なんてのが文法の勉強はしていないのにわかっちゃった」という先生のスーパー中学生の報告がありましたよね。
私は、この本を読んですらっとそれがわかる自信がなくて、なかなか手に取れなかったのです。

結局、ああいう話は(注意しているつもりだったけれど)そういう
風に「人と比べる」ことをしていたのですね、わたしは・・・

でも、たしか800万語か900万語くらいで他の本を読んでいて同じような言い方が出てきたときに、すらっと読めて「あれと同じ」とわかったんです。
よく考えれば、先生の書いた文脈では、あくまでも「物語の力でそれがわかるというのがすごい」という例としてそのことが書かれていました。それが頭で分かっていても、その本に対して、恐怖心というか過剰に反応してしまうというか、そんな感じを抱いてしまったんですよね。

ありがとうございます。「物語の力」の一つの例のつもりでしたが、
そういう感じを抱いたことはよくわかります。そうですよね・・・

エンターテインメント系の作家なら、物語のここぞというところには筆を尽くすと思うのですよ。だから本に没頭していたら、ポイントというか山場の部分は逆に意味はとりやすいはずなんですよね。もっとも、私の場合は、そういう読書のコツみたいなのにこだわりすぎると、却って読むときに緊張してしまうんですが。

山場はわかりやすいはずっていうのは、なるほどです。

で、そのThe Bodyですが、この間、ひさしぶりにこの話の入っているDifferent Seasonsを取り出してきました。4編収録されているうちの最初の話のショーシャンクを読み終えた後、そういえば2つめのApt Pupilは嫌な話だったと、邦訳を読んでいたので知っていたので、またしばらくそのままほったらかしておいていました。でも、なんとなく読み出したらやっぱりすごく面白くて、「怖い、怖い」といいながら読んでしまったのです。でも話が重いので疲れたし、3番目のThe Bodyは最初の方が読みにくかったので、またその辺にころがしてあります。
同時に読み始めたThe Shiningは、ホテルに着いて、あの家族がつかの間の幸せを味わっているところで投げました。幽霊の描写が怖かったことを思い出して嫌な気分になったので。

投げ本に、ころがし本・・・

日本語で読んだ本は読みやすいのは確かなので、ほんとうは、自分が面白かったと思ったところだけ読めばいいのかもしれません。

そういえば、ここ5年くらいThe Piano Tunerという本を断続的に聴いたり読んだりしていますが、結局まだどちらも最後までたどり着いていません。

そういう本って、ありますね。わたしも何冊かあるぞ。A.S. ByattのPossessionとか・・・

主人公がピアノのチューニングをしているところばかり聴いたりしてます。
聞き読みをしようにも、Abridgedなので、本と違いますしね。

なんだかんだ書きましたが、その実英語の言い方はあんまりちゃんと覚えてないですねー。
完了形はまだあんまりちゃんとわかってないんですよねー。
だから、今考えると、「あれと同じ」だったかどうかはわからないんですよね、なんの本だったか覚えてないし。
ま、そういう誤解とか、誤読とかを含めて、ぼちぼちやってます。

そういえば、Different SeasonsもThe Piano Tunerも語数に入れてません。
投げると数えるのがめんどうくさいのですよ。
語数にとらわれていると投げにくいというのはありますね。
私は最後まで読んだ本しか語数に入れていません。
投げ本のなかで語数に入れているのは、絶対もう一度手に取ることがない本だけですね。
語数にこだわると、人と比べることにつながりがちだし、面倒くさいなら数えるのをやめればいいのにと自分でも思いますが、やめられませんね。
まだ、肩に力が入っているんでしょうね。それくらいいいかなとも思っていますが。

誤解と誤読を含めてぼちぼち、
でも数えるのはやめていない、
でも、それくらいいいかなと・・・ 

はい、もう好きにしてください! ということですね。

???????さん、そのままHappy reading and listening!

(メール、ありがとー!!)