2008年9月12日

「雫」さん、ひさしぶり!

雫さんから連絡がありました。

・・・で、これがなかなか厳しい内容で・・・
(一部わたしの判断で伏せ字にしました。)

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酒井先生、こんばんは!ゲラ手直しお疲れ様です。
ゲラ直しはきのうの午前中に終わって、午後の蘊蓄オフのあとの飲み会の席上で出版社の方に手渡し! オフ会参加のみなさんからとんでもない題名が提案されたりして・・・

なにはともあれ、これでもう、まな板の上の鯉です・・・

四国松山の講演会も盛況のうちに終了のご様子。
りあさんもとても喜ばれてましたねー!りあさんとは鹿児島時代に
Blogで知り合い、りあさんは仕事をお休みしていて私は田舎で職
なしという境遇で多読が縁となりました。
りあさんのお話はこれから多読を始める方々に届いたはずです。

松山は楽しかったですよ! 第1回からずっとOkiDokiのみなさんのお招きと手配でね。
りあさんはじめ、多読している人が増えていて驚きでした。また松山にうかがいたいです!!
ところで、先生のBlogの一文・・・

(念のため、というのがわかりにくいですね。その意味は、
多読をすっかりレールの決まった「学習法」と信じてはじ
める人が増えてきて、そういう人はあぶなかっしくて見て
いられない場合があるということです。)

これ、「そうそう」とうなづきました。
XXXXXXXXなんてまさにこんな感じになっているような。
最近、英語の様々な学習をされている方の中にも多読を意識して
らっしゃる方が増えていると思います。
Blogを見ただけでも違うのに。そうじゃなくて。と思うことがあります。
もう、こういうときはどうしたらいいのかねーと悩んでしまいます。
まっこう勝負ならともかく、まっこう否定はしたくないのです。

学習方法「多読」は危険です。本来の多読の良さが無くなる可能性
が多くなってしまう。


ここはノーコメント。
というわけにもいかないか・・・
否定はしません。前からそういう風に学習法と思ってはじめる人はいましたよね。
というより、そのころはほとんどの人がそうだったわけです。でもだれもそれSSSの掲示板上で否定はしなかった。みんなで温かく見守っているうちに、自然に学習法を抜けて趣味になり、仕事に役立てていった。

じゃ、いまも心配はないのかというと、そこがどうも悩ましいところで、いまは心配。
なぜ心配なのかは、いつか・・・

「読めたか」「読めなかったか」で判定する。
本に対する感想なら良いのです。単語がわからないのが多かっ
たから読めなかったとか、この文法はわかるから読めたとか、だけ
の切り口だけで判断してしまう人がもしかしたら増えているのではないでしょうか。本を教材として利用しているというか。

ここね、「本を教材として利用している」という見方、なるほど!と思いました。
そうですね、言われてみれば。だれかが用意してくれた「教材」なんですね、そういえば。

そこで、少々激しい提案などもきのうの飲み会で思いついたんですが、これはまだ公開できないかもしれません。(公開してしまうかもしれないけれど)

ただ単に、理解できない言葉ばかりの洋書を読んで、読めなかった
からYLを下げるのではなく、単語増強本などで読めるようになると
考える人も多くなっているはずです。

これもうまい分析だと思いマシタね。YLを下げたり、楽しく読める本を探すのではなくて、単語増強に走ろうとする−−その通りですね、残念ながら。
で、きのうの蘊蓄オフ会でもかなり厳しい意見が出て、しばらく前から感じていた「多読の転機」が本格的になってきた感がありますね。
読了語数もそうです。励みになります。読書記録手帳は自分の過去を確認する上でも大切な資料です。でもこれが結果すべてはありませんよね。何冊読んだから凄いとか(実際に凄い〜と思う方はいるのですが)、何語読んだか目標達成という数字結果だけにとどまった形で「学習した量」を評価しようとしている人が増えているのでは。

おー・・・ これもその通りのような気がするのですよね・・・
で、じゃあどうするか・・・ そこが悩み・・・

ところがそれについてもきのう少々激しい意見が出ました。そんなに激しくはない提案もあるので、これはおいおいお知らせします。

最近のSSSの100万語通過スレッドの淡白なこと。
もっと私は興奮していました。どの本が面白かったか、何が変化し
たかをみんなで共有しようとしていたのに、最近は雰囲気が変わっ
てます。それだけ淡々と100万語をこなしてしまえる努力型の方というか頭の固いというか、そんな方が増えていと思うのはオーバーでしょうか。

ここは厳しいですねえ! でも言われてみるとそうかもしれないとも思いました。
マルチ・ミリオネアが増えてきて、100万語がほんとに単なる通過点と感じられるようになってきたのかもしれませんね。
だとすると、「淡々と100万語通過」は、100万語多読の成功の「苦い味」であって、
100万語多読普及による必然的変化かもしれない。

そこで、もう一つの激しい提案につながる・・・
ああ、ここまでいろいろ書いたら、公開することが必然かもしれない!

昨年のXXXXでの先生のお話のときに気になった女性が一人、
いらっしゃったのです。なぜ大人が子供の本を読むのか、全く分
からないという様子でした。とても気になった方だったのですが、
結局、分からないまま帰られた様子でした。
こういう方が今後、もっと増えてくるような気がします。

何か違う切り口で多読を、しかもこども式をもっと伝えていく必要
があると思い、私も考えています。


あちこちで多読の転機を感じている人たちがいます。当然掲示板にはなかなか書けないようですが、やはりなあ・・・
JulieさんのようにBlogでも的確なこども式的記事が浮かべば
良いのですが・・・私にはできそうもありません。
どうぞ、ときどき思い浮かんだことどもを今回のようにメールで送ってくださいな。
楽しみにしていますよ!

(ここ1段落はそっくり削除)

お忙しいところ、だーっと書いた感想メールで失礼いたします。
レールありきの多読は反対!そんな方法は無限の可能性が
閉ざされてしまう気がします。


たまたまゲラ直しをするためにとっておいたら、きのうの飲み会の話題とぴったり重なって、とてもタイミングのよい投稿となってしまいました。

うーん・・・ う・・・ん・・・

考えさせてください・・・

雫さん、ありがとー!