2008年9月22日

朋あり・・・?

いえ、別に短くしたことに他意はないのです。「ririco」さんて、どうもわたしはいぢめたくなってしまうのですけどね。

riricoさんを遠方から来た人なんて言ったら鉄拳を喰らいます。

が、しかし、かなりひさしぶりのメールではある・・・

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酒井先生、こんばんは。お久しぶりです。riricoです。 お元気ですか?っていうより、お元気そうですね!

すごーく久しぶりに酒井先生のブログを覗いたら、「レールをはずれるために」という熱い話が繰り広げられていて、つい読みいってしまいました。


おー、読んでくれてたんだ!
酒井先生の意見といろんなひとのメールを読んだのですが、なんだかやけにモヤモヤした感じがして、上手く言えないのですが、何か酒井先生に伝えたいことがあるような気がして、めずらしくメールしています。

おー、おー、
モヤモヤの原因と言うか、私が一番ひっかかるのは「多読は学習法なのか?」と言うことです。
学習法であることを全否定するのもチガウ気がするし、でも、多読をしながらお勉強モードになるのもチガウ気がします。

そうなんです。
日本での多読はその両面をどうしても背負わされるのでしょうね。
ごく一部の幸運な人たちはするっと学習を越えてしまうでしょうけれど。
急にわたくし事になりますが、子供のころから国語が得意でした。私が、某女子大に合格したのは間違いなく国語の点数が良かったからだと思うし、昔から一貫して現国と小論文だけは点数が良かったのです。

はい、英語の点数のせいでなかったことはわたしも確信しています。

それを考えると、ririco、大きくなったな! 
とーさんはうれしーぞ!!

子供のころから、国語の成績を上げるためにはとにかく読書をしなさいと言われてきました。きっと、今の子供も言われていると思います。
酒井先生の提唱してきた多読もまったく同じで「とにかく(英語の本の)読書をしなさい」と言うことだと思っています。

なんて言うか、うまく言えないのですが、「英語の勉強」だと思うから、語数とかページ数が気になるんだと思います。
国語や小論文の力をつけるために読書をしようと思うとき、何冊読んだら国語ができるようになるという短絡的な思考はないと思います。
(やっぱりあるかな?そういう人は天声人語を毎日読んだりするかも)

多読って、もともと読書が好きな人にはあたりまえのことで、どの本を読もうとか悩んだりしないんじゃないかなと思っています。
私は、酒井先生が初めてお会いしたとき「中断のりりこさん」と名付けてくれましたが、今でも1年のうち半年は中断してしまいます。
でも、いつもそろそろ英語の本を読もうかなと思った時に、読む本を迷ったことはありません。
絵本の気分だったり、GRから入ってみたかったり、安心できるお気に入りの作家から入ったりします。

何が言いたかったのか全然よくわからなくなってきましたが、そもそも読書にメソッドはないんだと思います。


いいえ、言いたいことはちゃんと言ってますよ。
「多読はつまるところ読書だ!」というのは、誰かも言ってましたね。
もともと読書は勉強嫌いな子が別世界に行くための息抜きです。
酒井先生は、英語教育と読書と言う別の世界のものを結び付けてしまうという業腹なことをしたので、多読の業を背負ってしまったのかな?
だから、本を読む楽しみと英語の勉強をごっちゃにしようとしている人を見ると責任を感じて心配でならないんでしょう?
なんて。

うーん、きついなあ・・・ 
いつものriricoさんじゃないな、この一言・・・

そうかもしれない、言われてみると。そんな風に考えてみたことはなかったけどね。

ありがとー!

酒井先生は、これからもどんどんいろんなレールを壊していってください。読書の楽しみより、勉強の方が好きな人は、ヒアリングマラソンにもラジオ英会話にも耐えられると思うし。
もともとの読書の楽しみ(=酒井先生風にはHAPPY READING)を信じている人は、酒井先生が何を壊しても大丈夫だと思います。
でも、その中間の人が大変なのかな。

そう、その中間の人にまで、お節介にも、責任を感じてしまうのです。
(誇大妄想狂かもしれないな)
また、お酒飲みに行きましょうね。
酒井先生の大学の多読クラスもすごくのぞきに行きたいのですが、仕事が忙しくて!何といっても、うちの会社は某国政府にX兆円も借金してますからね・・・。

えー? そうだったの? はじめて聞いたよ。
(名刺をもらったような気がするけど、会社の名前までは覚えてなかった)

いつか大学に遊びに来てください!