2008年10月15日

レールをはずれるために (に) に、islaverdeさんから

強烈です。いつもの通りです。

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YLは、昔から私にとって??な存在でした。 そもそも、「快読100万語」で多読を始めたので、虹の色分けしか 知らなかったのです。 (それもあまり頼りにはしてませんでしたが・・・)
これはもう何とも言えないはじまり・・・
念のため申し上げておくと、始めたばかりのころは次に 何を読めばよいのか、とっても心配しながらレベルを上げていました。 昔はレベル3の壁なんていう言葉があって、OBWの2から3に行くときは 思わず緊張してしまったほどです。(本当)

だから、だいぶん読めるようになって、初心をすっかり忘れてしまった
私が調子のいいことを言っているだけかも知れません。
それは頭に留めているけれど、でも割と前々から思っていたことを
書いてみようと思います。この際。


そうか、前から「思って」いた人がいたんだ・・・
わたしも「思って」いた。
YLっていうのは、世紀の大○○ですね、私に言わせてくださるならば。
まず、まずいことに、大昔は「書評委員」なんて人がいて、まるで
多読のことを全て分かっている(と思われる)「選ばれし者」の
方々だけしか書評ができなかったのです。
そういう方々がこの本はレベル3!と書こうものなら、もうそれは
誰にも否定できない、ような。
(それでも、このレベルはおかしいからちょっと下げてみようとか
いった議論はありましたね、今はそれさえもない・・・?)

なにしろYLは「SSS英語学習法研究会が定めた」と書いてありましたからね、ちょっと前まで。(いまもどこかにそういう文章があるかどうかは知りません。)

でもこういう「権威づけ」についてはわたしも責任があります。もうすでに何度かあちこちで書いたり、言ったりしていますが、数字にするのも、小数点一桁刻みにするのも反対だったけれど、そのうち適切なぼやかしかたができるだろう思って、強く反対しなかったわけです。しかしYLはいまの数直線にすることになり、どんどん絶対的な尺度のようになっていった。

しばらくして誰でも書評をしていいことになって、私の周りでも書評を
あげてみようと盛り上がったりしましたが、共通の悩みはやはりレベル分け
でしたね。自分はこういうジャンルが得意だから3くらいで読めちゃったけど
普通の人は5くらいになってからの方が読みやすいかな?とか。
とにかく、基準が曖昧すぎて、何を基準に読みやすいというのか?と。
そんなことに悩んでいたのはもしかしたら私だけなのかも知れませんが。

いや、同じように悩む人はたくさんいましたよ。
そもそも、星の数を「おすすめ度」でつけるというのがよろしくなかったですね。
だれにすすめるのか?こんなマニアックな本を人に勧めてよいのか?あんまり
気に入らなかったけど万人に受け入れられそうだから星5個?
やっぱり「お気に入り度」でつけるほうがいいんじゃないかなあー。

なるほど・・・ 「だれにすすめるか?」ということは考えなかったな・・・ いかんかった・・・
本を選ぶ基準も人それぞれで、私などは、
「この絵本を読むと知らず知らずのうちに仮定法が身に付くんです〜」と
いうような書評を目にするとすぐ頭に血が上り
「仮定法のために本読んでるんじゃねえー」と叫びたくなりますが、
それも、まあありかと思うのです。

うら若い女性らしくない口調はYL問題に対する真剣さを表しているということでお目こぼしを・・・
ありがた迷惑と分かっていつつも「こんな人にはぜひこの本を!」
と紹介してしまうこともあります。

仲間同士で紹介することにもマイナスはあります。多読クラスでも、友だちに勧められるとつい読むときに力がはいってしまうようです。「あいつが読めたんだから、おれも読めるはず」というようなプレッシャーがかかるんですね。友だち同士の推薦は注意が必要です。常に「好み次第だけど・・・」というような注釈が必要。
そういういろんな基準の、いろんな見方のおもしろい本の紹介を、
画一的に数値というものに落とし込もうとするから無理が出て弊害がでてるんじゃないかと。

まったくその通りです。一本の数直線上にすべての本が並ぶことで、絶対的な印象が強くなると思われますね。
もっと個人の趣味を出した書評にして「○○さんがおすすめということは
18金満載!?」とか「S先生がお気に入りの本は経験上、私には合わない
スルーしとこう」とかいうふうな使い方ができたら楽しいのに、と思います。

そう! アマゾンの「この本がお気に入りの人はこういう本を気に入った!」という、あれですね。

ところで、それに近い「自動推薦システム」が現在豊田高専で開発中です! 楽しみですね。

そうは言いつつ、難易度自体は絶対になくすことはできないと思います。
I can readシリーズとPBだったら、PBの方が難易度が高いのは当然です。

そうですね。これまでに寄せられた意見からもYLをなくすことはできないですね。

だったらMTHとHolesだったら?
大多数はHolesが難しいと言うと思うけど、
一部の方は逆だと言われるのでは?

これは私のただの個人的感想にすぎないのですが
「だってHolesは面白いけどMTHはつまらないんだもん。」
MTH、本当にページが進みませんでした。つっかえつっかえでした。
Holesはどんどんひきこまれて、ついには英語で読んでるのを忘れるほど。
ただの主観的な読みやすさだったら私はHolesのほうが読みやすい。

でも、多読を始めたばかりのひとにMTHより先にHolesを読みなさいなんて
言うつもりはないです。


さあて、そーするとYLは厳然として「ある」のか?
主観的なものは本当に曖昧なので、まずは
ページ数の少ない物、語数の少ないもの、字の大きいもの、絵がついているもの、
英語圏で対象年齢が低く設定されているもの、とにかく
誰が見ても簡単と思うもの、つまり客観的なデータを出す。

誰が見ても、っていうところがむずかしいかもしれない。
そして「客観的なデータ」というところが実はもっとむずかしいかもしれません。それは英語国の学者がたくさんのreadability levelの尺度を提案していますが、それはわたしたちの実感とは相当かけ離れています。(具体的な例を出せるといいのだけれど、いまは出てこない・・・ いつかね・・・)
そこから本を選び、主観的なレベルを自分でつくっていく、というのが理想かなあ。

それが今何もかもごちゃごちゃになっている状態で、
それをあたかも客観的なデータに見える数値化なんてしてるもんだから
事態はいっそう悲惨を極めていて数値でそれなりにきちんと出てくるならいいんですけど、
参考資料にもならない、どっちかというと滅茶苦茶、カオスになり
果てているのがいまのYLの現状では〜?
そんなものにエネルギーをつかってレベル分けの議論、不毛だと思います。


その「悲惨な状態」をislaverdeさんは fiasco と表現したのだけれど、なんとうまい言葉を使うのだと、わたしは驚いた。日本でfiascoという語をこんなにぴったりに使える人というのはそうはいないと思いますね。れっきとした我田引水ですが「多読している人」しか考えられない・・・

ま、それはともかく、「客観的なデータに見える数値化」をしているところが悲惨というのは、まったく的を射ているとわたしは思います。

  (うまく図表が描けたら、客観的なデータに見えないYLをみなさんにお見せしたいのだけれど、いつになるか。

「レベルの低いものから順に読みましょう」と言ってるからいつまでも
レベルの呪縛から自由になれないような気がします。

「読みたいと思った本を、いけると思う物から次々に読んでいきましょう」
と言ってみたらどうなのかな〜?


それが「キリン読み」(ちょっと無理をして、いつものレベルより上のものを読んでみること)を言い出した所以ですね。
購入派の方にはYLは必要という意見もすごく頷けるものがあります。
でも数値は絶対必要なのかなあ。

そこでわたしは「快読100万語」では虹の七色にした。色と色のあいだには線が引けないから、「客観的な」印象は薄められるとおもったのですね。
私も全部本は買いました。200万語くらいまではオフ会もなくて
自分で本を探してました。
(毎月使っている費用はそれはそれは恐ろしいものでしたが
実際に一ヶ月に読んでいる本の金額はそれほど恐ろしくないことに気づいてからは
冷静になれました。)

GRはもうレベル分けがされているので、それはとりあえずスターターから
順に読む。並行して児童書も読む。でもYLなんて必要なかったですよ。
適当に本を注文して、ぱっと見て読みやすそうなものから読んでました。
それで十分いけたような気がするのですけど・・・
(レベル順に読む、と聞いただけでお勉強の香りが)
これは読んでおいた方がいいから読もう〜とかレベル3をたくさん読むためにこれを
読もう、とかしてると多読は絶対苦しくなります。


その通りですね。各レベルを「制覇する」といって張り切った人が苦しくなって多読そのものをやめてしまう例をいくつも見ました。以来「全巻制覇は危険な兆候」と考えています。
もっと自由に読んだ方が楽しいし、結果的に身に付くし、PBもぐっと
近くなる気がするのですけど(私の反省も含めて、です)。

(これはレベル3だからまだ読めないんです、とかオフ会で言われる度に
すごく悲しくなるんです。特に最近YLに対してすごく誤解があるような。
だからYLに関してはいくら語っても語り尽くせない!?)


わたしも最近YLを絶対視する人が増えているような気がして、それで「レールをはずれるために」の一つの例に取り上げたのです。
私は昔も今も自分の中では2種類しかレベルがなくて
「いけそう」
「まだまだ」
これだけです。

まず、いろんな本のなかから「読んでみたいな〜」と思ったものの
なかからこれはもう読める、と思った物を片っ端から読んで、
まだまだかな〜と思った本はしばらく置いておく。
そろそろいけるかな〜と思ったら手を出してみる。
無理だったらやめる、つもりがここが私の悪い所で
少々無理でも、つまらなくても読み切ってしまう。
こんな感じでここまでやってきました。


「いけそう」、「まだまだ」・・・ 覚えておきます!
初心者だからいろいろ(情報を与えて)教えてあげなくちゃ、ではなく
初心者こそ自分でいろいろ探せるように、というのが、本を読むこと以上に大切な気がする、
だから割と情報がない、まだ多読が出来上がってないうちに始められた私は
結果的にとてもラッキーだったと思っています。

この「ラッキー感」は「ひまわり」さんと似ていますね。
いまは多読が普及しすぎたのでしょうね。情報が整理されている・・・
今だとなあ・・・ORTからですよ、と言われたとたんに引きそう。
個人的感想です。

ふー・・・ islaverdeさん、ありがとー!

そろそろ眠くなってきた・・・ おやすみ、グー・・・

おっと、islaverdeさんのブログの「多読について」カテゴリーにはひじょーにおもしろいことがいっぱい書いてあります。

カテゴリーで紹介するのははじめてではないかと思うのだけれど・・・

http://islaverde.blog76.fc2.com/blog-category-8.html

いや、やっぱり紹介済みかなあ?
ま、いっか・・・

全部通読してもislaverdeさんの面目躍如でおもしろいけれど、「単語力」というものに疑問を投げかけている記事だけでも読んでみてください、あらためて。「そもそも語彙力なんかいるのか?」なんていう記事さえあるのですよ!

実はislaverdeさんがそこで言っているのとそっくりの意見をきょう聞いたのです。そのうち投稿してくださいと頼みましたが、ほんとに投稿してくれるといいなあ・・・

「単語力、語彙力」というものに大きな、強烈な疑問を投げつけるのです、二人とも。

ではほんとに、おやすみ、グー・・・