2008年12月 9日

(毒)一人称と三人称 −−「ある人」から!

わたしの試訳は「寄り添い」すぎと最初に指摘してくれた「ある人」からメールをいただきました。(というか、無理矢理わたしがメールを書かせた)

さて、この話題は大きいです!

明治以来の日本の翻訳すべての見直しを必要とするくらい大きな話題で、影響も大きい!! この話題がもっと前に指摘されていたら、軽く3ヶ月は「さよなら英文法!」の出版が遅くなったでしょう。(冷や汗です・・・)

で、わたしもどこから手をつけていいのやら、という感じがありまして、とにかく
いただいたメールに順に反応することで話の広がりをたしかめて行きましょう。

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子連れさんが「描出話法」ではないかと指摘してくださったものをわたしは「中間話法」と呼びました。理由は日本の文法書で描出話法と呼んでいるものは少し範囲が狭いのではないかとわたしは感じているからです。わたしの言う「中間話法」ではよく、三人称を借りて、一人称の内容が伝えられます。一人称と三人称では伝え方に違いがあるのでしょうか?

これまであまり3人称について深く考えてきたわけではないので、正直言ってよくわからんという感じです。英語での3人称の感覚はよくわかりません。ただ、3人称を単純に「彼」「彼女」と訳すと「おかしい」という感覚はわかります。
英語ではごく普通に使われているのに対して、それを日本語で「彼」「彼女」としてしまうと、すごく他と切り離されたよそよそしい感じがします。書き言葉でしか使わないのではないでしょうか。口語では「彼氏」とか「だれだれの彼女」という意味のほうがすぐに思い浮かぶという方がいらっしゃいましたが、むしろその方が普通かもしれません。もしくは話題の中心だけれども、名前を言うのがはばかられるときに使うような気もします。

その通りだと思われます。日本語では「彼・彼女」と呼ぶと、(恋人の場合をのぞいて)突き放したようにさえ感じられることがありますね。では、英語でもおなじくらい「よそよそしい」感じがあるのでしょうか?

「英語ではごく普通に使われているのに・・・日本語で「彼」「彼女」としていまうと、すごく他と切り離されたよそよそしい感じがします」という部分、まったくその通りです。そして明治以来のヨーロッパ語の翻訳をすべて見直さなければいけないかもしれないというのは、まさにこの点です。

明治以来のヨーロッパ語の翻訳はいままでずっと「原書よりもよそよそしかった」かもしれないのです! いや、そんなことはないかもしれませんが、一度確かめてみる価値はありそうです。どなたでも「毒をくらわば皿までも」の人はお好きな作家の原文と翻訳文を比べてみてくれませんか?

日本の小説の場合は、最近のものはよくわかりませんが、3人称を使うよりもむしろ名前を使っていると思います。柴田元幸氏が「ケロッグ博士」を訳したときに、できるかぎり「彼」「彼女」を使わずに訳したとあとがきで書いていて、必要な場合は名前を入れていました。私は、日本語の場合は、名前にしてある方が「寄り添っている」感じがするのではないかと思います。このへん、まったく感覚的なもので、「それは違う」と言われても、「そういう気がするんだもん」としか言えませんが。

「ケロッグ博士」のことはたしか山岡洋一さんから聞いたことがあります。わたしは読んでいませんが(ひょっとするとほかの人だったかもしれませんが)山岡さんによると、「翻訳上の新しい工夫でも何でもない。ただ彼・彼女を使わないようにしただけではないか?」ということでした。

  (ちなみに、柴田元幸さんではなくて、柳瀬尚紀さんだった思います。)

とはいえ、私としては、コーデリアの心の声をそのまま地の文で書くのには違和感を感じます。「P.D.ジェームズなんていう男性か女性かわからないようなペンネームで物語を書く女性がそんなにあらわに地の文にああいう感想を書くかしら?」と思うのです。踏み込みすぎではないかと。(こう言うとほんとに趣味の問題になってしまいますが、なにせ英語の感覚はよくわからないので確信があるわけではないのです。)

この辺についてはぜひともみなさんの意見をうかがいたいところですが、
今回の「女には向かない職業」の試訳部分についてははっきり「中間話法」と言ってよさそうです。というのは、中間話法のはじまりのところに(「さよなら英文法!」、28ページ)

Why, she wondered, had he shown her this photograph?

とありますから、she wondered で、コーデリアの心の声( I )を三人称(she)で書いていることがわかります。その意味ではP.D.ジェームズはかなり「あらわに」コーデリアの心の声を書いているのだと思います。

  (このあたりはわたしにはとてもおもしろい話題!)

そういえば、Harry Potterの1巻め冒頭に出てくるThank you very much.は抽出話法ですかね。

んー、またまたよくわからなくなってきております。こういうことは向いてませんので、ここらへんで失礼いたします。

ではでは


thank you very much は・・・ うーんむずかしいですね。これは決まり文句ですね。「ご心配いただかなくて結構です。プイッ」という場面で使ったりします。Harry Potter第1巻冒頭の場合は、「プイっ」とするのはたしかにDursley一家でしょうね。Dursley一家の心の声を地の文で(引用符なしで)描出しているのだから、やはり描出話法でしょうかね。(「ある人」は描出話法を「抽出話法」と書くのですが、それも一理あります。登場人物の心の声を抽出してきて、語り手の声で表現するからです。)

さあてっと・・・ これからまだまだ長くなるのですが、そろそろ寝る時間です。
次を楽しみにしてください。わたしは突然、おやすみグー・・・